38回(1957年下半期)
芥川龍之介賞
1957対象書籍
パニック・裸の王様
新潮社
2019年は開高健、没後30年。 偽善と虚無に満ちた社会を哄笑する、凄まじいまでのパワーに溢れた名作4篇。 とつじょ大繁殖して野に街にあふれでたネズミの大群がまき起す大恐慌を描く「パニック」。打算と偽善と虚栄に満ちた社会でほとんど圧殺されかかっている幼い生命の救出を描く芥川賞受賞作「裸の王様」。ほかに「巨人と玩具」「流亡記」。 工業社会において人間の自律性をすべて咬み砕きつつ進む巨大なメカニズムが内蔵する物理的エネルギーのものすごさを、恐れと驚嘆と感動とで語る。 目次 パニック巨人と玩具裸の王様流亡記解説 佐々木基一 本書収録「パニック」より ある日の夕方、俊介は役所からの帰り道で小さな異常を発見した。町のまんなかを流れる川にかかった橋のうえを歩いていて、なにげなく下をのぞきこんだ彼は思わず足をとめてしまった。川岸の泥のうえにおびただしい数のネズミが集まっていたのである。そこには川岸の食堂や料亭の捨てる残飯がうず高く積みかさなり、ネズミが真っ黒になってたかっていた。彼らは大小さまざまで、いずれも我勝ちにおしあいへしあい餌をあさっていた。 本書「解説」より 眸(ひとみ)を輝かせ、頬をほてらせ、体に似合わぬ大きな声で、小説のプランを語って飽きることを知らない開高健の饒舌は、わたしをちょっと驚かした。久しく鳴りを鎮めていた火山が、再び爆発を前触れする鳴動をはじめたのにちがいなかった。やはり火は消えていなかったのだ。それはそうにちがいないのだが、ひょっとしたら躁鬱症患者かも知れない、という疑いがわたしの頭を掠めたのも事実である。それほど熱に浮かされたような喋りぶりだった。 そうして書き上げられた作品が『パニック』である。 ――佐々木基一(文芸評論家) 開高健(1930-1989) 大阪市生れ。大阪市立大卒。1958(昭和33)年、「裸の王様」で芥川賞を受賞して以来、「日本三文オペラ」「流亡記」など、次々に話題作を発表。1960年代になってからは、しばしばヴェトナムの戦場に赴く。その経験は「輝ける闇」「夏の闇」などに色濃く影を落としている。1978年、「玉、砕ける」で川端康成賞、1981年、一連のルポルタージュ文学により菊池寛賞、1986年、自伝的長編「耳の物語」で日本文学大賞を受けるなど、受賞多数。『開高健全集』全22巻(新潮社刊)。 続きを読む